2025/01/31 17:47

さて、そんな乗り心地最悪のラクダですが、「砂漠の船」と称されだけのことはあって、非常によくできた身体機能の持ち主でもあります。ちょっと詳しく見てみましょう。

その1:エアフィルタ機能

その長さと量の両方で他の動物たちを凌駕している睫毛(まつげ)は、彼らの顔立ちがチャーミングに見える所以でもありますが、砂漠の砂から眼球を守る重要な役割を果たしていることは言うまでもありません。私は気づきませんでしたが、眼球を完全に覆うことのできる瞬膜(しゅんまく)と言う哺乳類では珍しい第三の瞼(まぶた)も持っているそうです。それから、鼻の穴も見事です。砂埃が立つと器用にピタッと全閉させて砂の進入をシャットアウトします。身体の割に小さな耳も同様で、耳の中までフサフサの毛で覆われており、ちょっと風が吹けば敏感に反応し、ピタッと頭に押し付けて塞いでしまいます。おそらく、やたらに長い鼻の下や、プルプルしたセクシーな唇も砂対策仕様に違いありません。
高機能が故の余裕の笑み

その2:サスペンション機能

ラクダの脚は細くて長いです。このしなやかな脚がサスペンションとなって、滑りやすい砂漠の凹凸も楽々超えていけるのです。足の指は2本で、それぞれ先端部に小さめの蹄(ひづめ)がついています。足の裏の面積は広く、赤ちゃんのおしりのようなハート形をしています。クッション性があって、ふっくら膨らんでいる感じです。この構造によって体重を分散させて、歩行時に足が砂地にのめり込まないようにしています。ただ、ゴビ砂漠のような礫(れき)砂漠では、風で砂が飛ばされて露出した薄い石が鋭い刃物のようになって辺り一面に立っている為、気を付けてコース取りしないと足の裏がパックリ切れてしまいます。背中までの高さが2メートル前後あるので、乗っている時の視点は地上から3メートル近くになります。ちょうど平屋の軒の上に座った時の眺めくらでしょうか。

そそり立つコブと砂漠仕様の足回り


その3:燃料タンク機能

私が子どもの頃はラクダのコブの中には水が入っていると信じていましたが、実はこの中には脂肪が入っていて、エネルギー源として蓄えられています。食物が見つからない時はコブの中の脂肪を少しずつ使って命を繋ぎ、食物を見つけた時に一気に食べ、それを脂肪に変えて貯め込みます。貯えられる量には個体差があり、体が大きくて毛色が濃く毛並みの良い個体は、コブも大きく立派に立ち上がっていて歩くたびにゆさゆさ揺れるほどですが、私のヨウ・ヨウのは小さめで右にペタンと倒れていました。生まれたての子ラクダもペッタンコですから、ちょっと栄養が足りていなかったのかもしれません。そんなヨウ・ヨウの右倒れのコブは、かじかんだ手を差し込んで温めたり、ショルダーバッグを掛けたりするのに重宝しました。
ヨウ・ヨウのコブは右倒れ

その4:冷却機能

コブは燃料タンクの役割だけでなく、背中に当たる直射日光の熱を遮断する断熱効果も持ってます。皮下脂肪のほとんどをこのコブに集めているので、背中を断熱することで背中意外からの放熱を促しています。そもそもラクダは体温が40度を超えても大丈夫なんですが、汗をほとんどかかないため、体温が日射によって上昇し過ぎるのを防ぐのに欠かせない機能です。体温調整には当然水分補給も重要な手段となりますが、他の動物なら血液中の水分を10%失うだけで死でしまうところが、ラクダは40%失っても耐たえられるので、水に長期間ありつけない状況でも生き延びることができます。そして、ひとたび水を見つければガブ飲みします。普通の動物が大量の水を飲むと、血液が薄まり赤血球が壊われて死しんでしまいますが、ラクダは一気に100リットル飲んでも平気で血液中に取り込んでしまいます。また、砂漠で稀に見かける水たまりは、底に結晶化した塩がびっしり張った塩水がほとんどなのですが、ラクダは塩分濃度の非常に高い水でも飲むことができます。塩湖が多い砂漠地帯に生きるラクダならではの体質ですが、ここまで徹底的な砂漠仕様だと「お見事」としか言いようがありません。
生まれて間もない子ラクダ

その5:エコドライブ機能

ラクダの数ある優れた機能の中でも特筆すべき点は、無駄のない脂肪燃焼システムにあります。コブに蓄えられた脂肪をエネルギーとして使う時、体内で脂肪が酸化(燃焼)され、熱と二酸化炭素と水が同時に作られますが、ラクダはこの水を無駄なく体内に取り込むことができるんです。つまり、コブの脂肪はエネルギーとしての熱源だけでなく、水の補給にも役立っており、「コブに水が入っている」と言う説もあながち間違いとも言い切れません。ちなみに、脂肪1gから水(代謝水)が1ミリリットル以上できるそうです。例えば、1つのコブが30㎏ほどなので、2つで60㎏。60㎏の脂肪を全て使い切ったとすると、体を動かすためのエネルギーと、60リットル以上もの水とが同時にできた計算になり、コブに水をためておくより脂肪にして貯めておいた方がずっと効率的だと言えますね。
鞍を降ろしてやると気持ちよさそうに砂浴び

おまけ
<攻撃機能>

ラクダはとても臆病です。些細なことですぐにビックリします。砂漠は風が止むと、まるで雪山に居る時のように鼓膜が圧迫されるような静けさに包まれます。砂色の小さなトカゲや甲虫くらいしか生き物がいないので、鳥の鳴き声や羽音の類も聞こえず、雪山以上に無音の世界です。ラクダはそんな静寂の中に生きているせいか、急な物音や動きにビビッて大げさなリアクションを取ります。リアクションと言うより、全力で走り出します。前述したように側対歩(そくたいほ)ですから、まるで獅子舞の前後の人が自分勝手にドタバタ走り出したみたいになって、大概の人は背中から振り落とされてしまいます。こうしてヒトがラクダから落ちることを「落駝(らくだ)」と言います。幸い私は落駝したことはありませんが、軒の高さから更にジャンプして真っ逆さまに落ちるので、パウダーではない礫砂漠ではかなり危険です。はるか遠くにある白骨化した仲間の死骸にも反応して騒ぎ出すので、ラクダが気づく前に迂回してやります。一度興奮すると手が付けられなくなり、けたたましく咆哮しながら口から緑色の液体を吐き出しますが、怒った時にもこれを発射して攻撃してきます。ヨウ・ヨウと良好な関係を築けた私は、このナゾの液体を浴びせられたことはありませんが、被った人の話によるとかなりキツイにおいがするそうです。
仲間の死骸には敏感

ラクダはこれら砂漠に最適化された機能をフル活用して、水や食物に遭遇するわずかなチャンスを無駄にせず、飲まず食わずでも1~2週間過ごせるだけの水分と栄養を都度備蓄しながら、砂の大海を悠々と渡って行くのです。太古から続く絹の道も、彼ら究極の「ローリング・ストッカー」なくしては生まれなかったと言っても過言でないでしょう。
タクラマカン砂漠からアルキン山脈を望む

私にもラクダのエコドライブ機能があったら、自前の「おなか周りの憎いヤツ」で10~20リットル程度の水を生み出せそうなので、一週間くらいは飲まず食わずでもイケるでしょう。ただ、残念ながらそのような優れた機能を持たない我々人間としては、やはり日頃から慣れ親しんでいるペットボトル水やインスタント食品、レトルト食品などを少し多めに買っておいて、使った分だけ補充していく「ローリング・ストック」で対策するのが良さそうです。常時備蓄する量をどの程度にするかについては、置き場所と家族構成に寄りますが、3日~7日分程度が目安になると思います。詳しくは防災士うめいさんのサイト「もしもにスタジオ」にわかりやすくまとめられていますので、是非参考にしてみてください。